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映画『るろうに剣心 最終章 The Beginning』の評価と感想レビュー

大岡大介
大岡大介
投稿日:2021/06/13 22:40
★★★★★
★★★★★

動作が言葉を超える。

前回の「The Final」はある意味、すでに決着のついている闘いの確認作業でもあった。一方今回の「The Beginning」は「何故そうなった?」の細部を明らかにせねば話にならない。事実の羅列にとどまらない「描写」が勝負になる。

何故剣心は不殺の誓いを立てたのか。何故巴は身を挺して剣心を救ったのか。
言葉でいくら説明しても腑に落ちない。愛の力だ信じる気持ちだと言葉で言えば伝わるものではない。

ここでも「アクション」は重要で、このチームは「アクション」が世界に通用するほど半端なくて、そして「アクション」とは何も戦闘・競争・破壊だけではない。生活の中での一つ一つの所作動作、目の配り、表情、手仕事、それらも、強く観る側の心を動かす「アクション」なのだ。

俳優がアクションの奴隷にならず、俳優が醸す「人間」が主となってアクションを生み出している。出会い、干渉し、動く。話し、触れ合って、動く。剣心と巴が触れ合いを少しずつ重ねていく様には、その背後にどんな策謀があれど嘘はなく、説明や理屈を超えた磁力がある。飯の椀を差し出すところから触れ合いは始まって、薄くかすかに積み重なっていく。それが「情動」「衝動」に育つまでの間を、俳優も撮影も執拗なまでに待ちながら、言葉や動作を無駄遣いせずに丁寧に描く。復讐相手を愛させるというハードルを超えるための選択は、この丁寧さなのだ。言葉では説明しきれないギャップを、この丁寧なディテールの積み重ねで超えてきた。

これを経て「るろうに剣心」劇場版の一連は、単なる娯楽作でなく「サーガ」になったんじゃないかと思う。東映・松竹・大河などの伝統的な時代劇の一方で、汚しとアクションを極めた時代劇が双璧をなすようになってきた。大友監督とチーム各位の現在までの奮闘に感服の一言。

そういえば結局、原作未読のまま来てしまった。けれど剣心を始めとする登場人物たちは確かに自分の中に息づいている。剣心そのものの佐藤健、巴にしかみえない有村架純、かれらが次に何を演じるかに関わらず、剣心や巴の佇まいは観る側の心に残っていて、それこそが「演じる」ということなんだろう。

やっぱり身体作っていこう。
この映画見て思った。動く身体はとても大事だ。